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舞台  performing arts

2025年 7月12日-13日

HIxTO舞台作品『flow』

​   作品概要  

日本を代表する漫画作品を、コンテンポラリーダンスと言葉によって舞台化。バレリーナに心を奪われペンを走らせた作者のように、我々ヒクトは舞台上に身体を走らせた。この時代を生きる身体のフロー(流れ)は、舞台上で私たちの確かな存在の在り方をダンスする。

今を生きるわたし、あなた、わたしたちにとって「火の鳥」とは何だろうか。

 

原作漫画を背景に、生命の循環や人間の存在のエネルギーを、身体と言葉によって多角的に探る。出演者24名のうち11名はオーディションを通じて参加し、それぞれが自身の身体の実存性に向き合いながら創作に取り組んだ。物語や構成を辿りながらも、舞台上で起こる“出来事”は常に変化し、出演者同士のリアルな身体の反応によって立ち上がっていく。また、ほとんどのシーンを出演者全員による集団的な構成とすることで、個と群、秩序と混沌、意識と無意識のあいだを行き来し、絶えず流動する身体の波を、舞台という空間へと流し込んだ。​

​   あらすじ  
むかしむかし、不死身だと言われている火の鳥の生き血を飲むと、年もとらないし死にもしないと言われていた時代。永遠の“いのち”を手に入れるためにひとびとは火の鳥を求めた。そして、ひとびとは争った。…

​   クレジット  

原作   手塚治虫「火の鳥 黎明編」より


構成・演出・振付 庄 波希


ドラマトゥルク 石本 興司

出演

井場 美穂、岩田 志陽、衛藤 桃子、小川 満里奈、川上 真、國友 渚紗

ciel△、階戸 ひめの、篠塚 美沙、仙人、仙波 晃典、平 直樹、田中 結

張 紫璇、津田 和輝、中村 ちはる、中本 遥南、長谷川 陽菜、ふくい さほ

森 楓、もり ふみこ、森田 学、吉岡 宙、渡辺 明日香        

音響    株式会社 夢咲

照明    十河 陽平
舞台監督  高橋 秀彰

​宣伝美術  小堀 愛永

制作サポート 川原 美夢、吹田 奈穂子

企画・製作  HIxTO

企画協力  手塚プロダクション

主催    (公財) 西宮市文化振興財団、HIxTO

共催    西宮市

助成 令和 7 年度 文化庁 劇場・音楽堂等における子供舞台芸術鑑賞体験支援事業

日時 2025年 7月12日-13日
会場 西宮市民会館 アミティ・ベイコムホール
  (兵庫県西宮市六湛寺町10−11)

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​   公演に関連した取り組み  

2025年 4月9日    【からだでえほんをよんでみよう『えほんのせかい』】こども本の森  神戸
2025年 4月29日 出演者オーディション

2025年 6月14日   こども対象ダンスWS『ことばのリズムでおどろう』

2025年 6月14日   こども対象工作WS『世界でたったひとつのきみだけの石を作ろう! in宝塚​』

2025年 6月14日   こども対象ダンスWS『オノマトペでおどろう今日から君はダンサーだ!

2025年 6月15日   こども対象工作WS『世界でたったひとつのきみだけの石を作ろう! in西宮​​』

Flow=流れ、流動、循環
生命の循環や分子の流れ
命の進む様、流動する人々の群れ
ダンス的身体の浮遊感、流れるような軌道
​導かれる身体

原作について

「死とはいったいなんだろう?
そして生命とは?
この単純でしかも重大な問題は、人類が有史以来とりくんで、いまだに解決されていないのだ。」

黎明編  1967/01-1967/11 「COM」(虫プロ商事) 連載
治虫がもっとも情熱を傾け、最晩年まで描き続けた文字どおりのライフワークが、この『火の鳥』です。 最初に描かれた『火の鳥』は、1954年に雑誌「漫画少年」に連載された「黎明編」ですが、これは同誌の休刊とともに未完となりました。 その後、こんどは1956年、雑誌「少女クラブ」に、古代ヨーロッパを舞台とした「エジプト・ギリシヤ・ローマ編」を連載していますが、これも未完となっています。 そして、1967年にみたび新たに稿を起こし、長編『火の鳥』の実質的な序章となったのが、雑誌「COM」に創刊号から連載された、この「黎明編」でした。 独立した物語が、歴史の両端から交互に語られて、それぞれがつながりを持ち、だんだんと作者の死亡時刻に近づいて、作者が死亡した瞬間に完結するという構成でした。

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庄 波希  :  構成・演出・振付

演出家、ダンサー、HIxTO代表。1995年宝塚市に生まれる。幼少期にダンスを始め、大阪芸術大学舞台芸術学科を卒業。罹病体験をキッカケに、身体表現を手段とした生きるを問う作品を創作する。

2023年に『night 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より』を上演し、次回作について思いを巡らす中、僕にとって生命や人間といったテーマは常に外せないものだった。そこで浮かんだのは手塚作品の「火の鳥 」。僕は兵庫県宝塚市出身なので、幼少期から手塚治虫に馴染みがあり、手塚治虫の漫画を読む機会も多かった。作中、争いの中ナギは「おれは死にたくないだけなんだーッ」と叫んだ。この無垢な叫びや手塚作品「火の鳥」の生命の問いは、この私たちの身体をフローさせ、ダンスさせ、舞台芸術を創造させる。あの日、漫画をめくった疾走感をそのまま舞台化したい。その疾走感、目の前で起こっている舞台上での出来事、ぜひ体感してほしい。​

Webサイト

石本興司  :  ドラマトゥルク

大阪芸術大学 舞台芸術学科 准教授

『flow』より『火の鳥』へ

生物化学者ルドルフ・シェーンハイマーによれば、生物によって食べられた物は粒子と なって、その生物のさまざまな部分と置き換えられていくという。身体と食物の関係は自 動車とガソリンのそれではない。我々の体は新たな生命を受け入れることで絶えず入れ替 わっているのだ。ここに食物連鎖や食物網といった関係を重ねると、「粒子」が個体の中 を、個体と個体の関係の中を流れ動いていく動的なイメージが浮かぶ。根源的なものとし て想える「生命」を、このような“流れ”そのものとして捉えることもできるだろう。生 命とは“流れ”でもあるのだ。

漫画『火の鳥』は、悠久の時間を背景とし、十数編を企みに構成して、この「流れとし ての生命」を描き出した。一方、舞台公演である『flow』は、このような大河のごとき 『火の鳥』に比すと眼前を流れる小川のようなものかもしれない。ただ、その性質として、 「舞台公演」はいつでも「行く河の流れ」(『方丈記』)である。どの瞬間においても 「絶えずして、もとの水にあらず」、浮かんでは消える「久しくとどまりたる例なし」な 出来事だ。HI×TO(ヒクト)は、漫画『火の鳥』より裾分けされた「流れとしての生命」 をこのような「舞台公演」という器に流し込んでみたいのだ。本流に流れ込む支流なのか、 本流から分かれ出たそれなのか、いずれにしろ、ささやかな水の流れであろう『flow』は 部分から全体を、小川から大河へ流れ続く(逆流する?)ことを夢見る。そして、観客の みなさんが細流に目をこらし、せせらぎに耳をすませるとき、おそらくそれは可能となる。

​   シーン                      

ナギ   ・・・ねえ、グズリ、なぜにんげんはしぬの?
グズリ  いのちがなくなるからだ。
ナギ   いのちがなくなったあとは、どこへいく
グズリ  土にかえる。

ナギ   土にかえるなんてつまらない。
     おれはしなないからだがほしい。
     だから、火のとりをつかまえる。

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​2025年4月開催 出演者オーディションの様子
​出演者コメント

 私は兵庫県宝塚市で生まれ育ち、幼い頃から手塚治虫さんの作品に親しんできました。なかでも『火の鳥』は、生命の根源に触れるような問いが散りばめられた、特別な存在です。漫画内で争いの中、ナギが「おれは死にたくないだけなんだーッ」と叫ぶシーンがあります。この無垢な叫びに触れたとき、私の中に流れ続けている「命」というテーマや手塚作品の問いは、私たちの身体をフローさせ、ダンスさせ、舞台芸術を創造させる。その衝動が、この作品を創るきっかけとなりました。 命はやがて血に還り、血はまた次の命へとつながっていく。抗えない「流れ(flow)」の中で、私たちは生まれ、生き、そして去っていきます。 この作品では、その「流れ」や、人生に向き合う姿勢を、言葉と身体を通じて描いていきます。舞台上のさまざまな出来事(シーン)は、すべ て「命」というひとつの源にたどり着くための断片であり、祈りでもあります。『火の鳥・黎明編』の物語世界にインスパイアされながら、私はこの作品を、「いま」を生きるあなた、そして私自身の物語として立ち上げたいと創作しました。

​公演当日パンフレット    庄 波希 ごあいさつより

キャスト紹介はこちら
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