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Approach/Creation by HIxTO


オーディション開催しました
『connexion』は、オーディションから始まった。 2026年6月。HIxTOは新作舞台『connexion ― 芥川龍之介「蜘蛛の糸」より ―』に向けて、オーディションを開催しました。 今回のオーディションは、ただ出演者を決めるための時間ではありませんでした。 どんな身体と出会えるのか。どんな人と創作できるのか。そして、違う身体や経験を持った人たちが集まったとき、舞台上にどんな「社会」が生まれるのか。 HIxTOは2人以上が関わる状況を「社会」と捉えている 私たちは、そこに大きな期待を持って「HIxTO オーディション2026」を開催しました。 身体から社会をデザインするヒクトの創作の視点 HIxTOでは、「身体」を単なる「動くもの」としてではなく、これまで生きてきた時間や経験が現れるメディアとして捉えています。 だから、技術だけを見ているわけではありません。 なぜなら"身体は嘘をつけない"から。 踊り方。立ち方。声。呼吸。他者との距離。 その人が何を感じ、何を見て、どう身体を動かすのか。 そうした一つひとつの瞬間を見ながら、創作の可能性を


初回稽古が始動しました
8月上旬。顔合わせ稽古が行われました。 演者とプロジェクトメンバー総勢24名の身体が集まり、お互いの身体でセッションしながらの自己紹介を行っていきます。 まずは身体を分解して感じるウォーミングアップから。 個人の身体から他者の身体へと意識を広げ、、ひととひととの関わりを生み出すための身体慣らしが進んでいきます。 第一稿テキスト案も使用され、読み合わせや、そこからイメージされる身体性を探りました。言葉、ムービング、つながり、汗、涙のドローイングの時間。演出と表現が紡ぎ合うHIxTOの新作舞台。蜘蛛の糸が指すものとは。上から下への縦の世界を一つの舞台に。 この全体的なドローイングのようなクリエーション時間が終わると、ひとりひとりの個人で深める作業が待っていることでしょう。 物語を単に舞台化するのではく、その中に起きる出来事をひとりひとりが見つけていけるように、今後の創作に胸が高まります。


浦和北高校生演劇部との創作
8月17日(月)、浦和北高校演劇部のメンバーとの初クリエイションが行われました。 今回の公演では、地域交流の取り組みとして、地元の方たちとの創作を試みています。その中で、舞台に共に立つメンバーとして、浦和北高校の演劇部が参加してくれることになりました。 夏休みの高校にお邪魔しての初クリエイション。稽古部屋に向かうと、晴れやかな表情で私たちを出迎えてくれました。舞台への参加を楽しみにしてくれている様子が伝わってきます。 普段は演劇の大会などにも出場し、日々演劇に励むメンバーたち。今回は、HIxTOの舞台で身体表現にも挑戦します。 まずはシアターゲームを使って、からだとこころをほぐします。そして、HIxTOのウォーミングアップへと入っていきます。 初めは身体を動かすことに抵抗があるように見えるメンバーたちも、だんだんと大きな動きに挑戦していきます。 「正解がない動きだからこそ難しい」と、一人の生徒が言いました。 正解がない。 だからこそ、自分の正解を探していく……。 まだウォーミングアップしかしていない時間に、もうこのような考えがメンバーたちの中で生


わたしは蜘蛛の糸をつかむのか?
作成者 こほりまなえ 8月19日(水)『蜘蛛の糸』の解釈について、みんなで話し合いました。 まず、それぞれで初めて読んだ時期に大きな違いがありました。小学校に入る前にはすでに読んだことがある人、中学生で読んだ人、話は知っていたけれど、今回の舞台をきっかけに初めて原文を読んだ人。 初めて読んだ時と、今回あらためて読み返して考えることが違ったり。 今回は、一般的な解釈やイメージに加えて、現代を生きる私たちがこの作品を“今”読んだ時に感じることも、大切な要素として持っておきたいものです。 『蜘蛛の糸』は、子ども向けの童話の執筆を依頼されたことから生まれた作品ですが、大人が読んでもとても深く読み込める作品です。 『自分に蜘蛛の糸が降りてきたら、登るのか?』 絶対に登る人、初めから登ろうと考えない人、少しだけ登ろうとする人、多くは望まない人……。 それぞれの性格が香るような意見でした。 そもそも、なぜ『蜘蛛』なのか。 なぜ『朝』の極楽なのか。 お釈迦は何を思っていたのか… お釈迦についての印象も、それぞれに大きく違いがありました。 また、地獄から極楽までの


「connexion」とは、一体何なのだろう。。
作成者 マエダトシキ ー序ー 『なぜ、カンダタは罪人を蹴落とそうとしたのだろう。。』 今回の創作について考えているとき、私はこんな疑問を持った。 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」では、地獄から抜け出そうとするカンダタのもとに、一本の蜘蛛の糸が垂れてくる。 そして、彼の後を追うように、たくさんの罪人たちがその糸を登ってくる。 カンダタは、蜘蛛の糸が切れ、自分まで落ちてしまうことを恐れ、彼らを蹴落とそうとする。 私は、思った。 「これはカンダタという人間の性格・気質の問題というより、今にも切れそうな蜘蛛の糸という環境に原因があるのではないか。」 そうすると、原作の読み解き方は少し変わってくる。 そしてそれは今回のHIxTOの新作公演「connexion」にもつながってくるのではないか。 そのように思った。 そこで今回は、蜘蛛の糸で極楽へ登っていくカンダタの行動から「他者との関係」について考えてみたいと思う。 ※ここで伝えておきたいのは本書は「connexion」について正解を見つけ出すとか、どうやって観劇すればいいという指南書ではないということ。HIxTOで


身体表現がコネクトしてくれることがある。
作成者 こほりまなえ 2026年8月31日。この日は、本番会場での稽古が行われました。 舞台美術案や衣装のイメージも持ち寄り、少しずつ作品の全体像を想像しながらの創作の時間となりました。 HIxTOでは、終日をかけたロング稽古を大切にしています。 創作期間の前半に行うロング稽古では、舞台の大枠をつくることはもちろん、演者それぞれのカラーや特性を理解し合う時間、そして演者同士がお互いの身体を知る時間となることを目指しています。 HIxTOには、さまざまな表現者が集まっています。 今回の『connexion』では、オーディションを通して、特に異なるジャンルの表現者が集まりました。 バレエ、ヒップホップ、コンテンポラリー、演劇、パントマイム……などなど。 言葉を使わず、身体を通してさまざまな交流を試しながらクリエイションを行っていますが、今回あらためて言葉を使って対話や説明をしてみると、表現に対する認識の違いがたくさん見えてきました。 例えば、「身体を解放する」という言葉ひとつをとっても、そのイメージはさまざまです。 ・身体の関節の可動域を広げる ・踊


「ヒトとヒト」の話について
作成者 衛藤桃子 『night 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より』と『flow 手塚治虫「火の鳥」より』を振り返って 〜ヒトとヒトが関わり合うことで生まれた作品について〜 『night』に出演することになった時、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読み返しました。 幼い頃に読んだような記憶はありましたが、大人になってから改めて読むと、以前とは違うところに心が留まりました。 「本当の幸い」とは何なのか。賢治の「求道すでに道である」という言葉は、何かを成し遂げた先に幸せがあるのではなく、「よく生きよう」と考え、歩み続けることそのものが、すでに幸せなのだと言っているように感じました。 私たちは、目に見える成果を追いかけながら生きています。何を得て、どこまで行けたか、誰よりも優れているか。知らず知らずのうちに、競争するように生きてしまいます。 でも、本当に大切なものは、結果として手に入るものだけなのでしょうか。 「本当の幸い」という言葉を読んだ時、もっと、今あるものを噛み締めてもいいのかもしれないと思いました。 一方、『flow』で私は手塚治虫の作品に初めて触れまし
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